2009年8月1日土曜日

溫馨提示

現在、中国政府が中国国内からのgoogle blogの閲覧を禁止しています。
ですから、引越しすることにしました。以下の場所に引っ越します。どうぞよろしくお願い申し上げます。

http://blog.sina.com.cn/taoyuan0907

2009年5月7日木曜日

奶油饼干

  わたしが気に入っているビスケットです。わたしは一度気に入ったたべものは、しつこく長期間食べ続けます。そして、飽きます。 このビスケットはまったく飽きません。

 奶油饼干(奶油餅乾)はクリームビスケットのことで、クリームが練りこんであるおいしいビスケットです。一ヶ月以上、買ってはたべております。カロリーの高そうな甘いビスケットです。 このビスケットは量り売りで、わたしはいつも3两(150g)を量って貰っています。値段は5元です。

  我喜欢的习惯是吃饭之后边喝咖啡边吃甜食. 每隔一天我就去某某商店附近的某个店买饼干. 我每次买三两的饼干, 一共五块钱.

  服务小姐已经记住我了, 她看到我,马上给我三两的饼干, 这是老规矩. 可是问题是, 我原来要买的是奶油饼干, 但是她每次给我三两的奶油饼干和黄油饼干, 她就是不听我的要求, 而是混合几种饼干.

  拿我来说, 奶油饼干好吃, 黄油饼干不太好吃, 所以我希望他不要给我混合饼干. 最近几次我对他说: "我要奶油饼干". 她笑一笑, 点头, 然后给我混合的饼干, 我的话都没有效果, 真是无可奈何.

  我想她一定喜欢奶油饼干, 她每天工作完了以后, 剩下的商品就可以吃完, 所以她故意地剩下. 如果那是她的唯一的快乐, 我就可以放弃三两的奶油饼干, 她很亲切, 在世界上还有别的甜食.

2009年5月6日水曜日

さらに上游1072


 以前撮った写真です。好可愛。我ながら病膏肓です。冬だともっと煙が綺麗に上がるのですが・・・もっとも、その場合、光が少ない上に逆光なので、色は変になるのですが・・・


 我喜欢蒸汽机车,西安的老爷车是特别喜欢的, 她叫《上游1072》, 生于1975年. 2005年10月28日凌晨6时,《上游1072》突然出轨, 以后她退休了.

 幸亏她2007年复活, 但是再退休了。2009年2月, 她的同伙上游1471报废了, 所以她替上游1471继续工作。
http://bbs.hasea.com/thread-24846-1-1.html

2009年5月4日月曜日

房子


 房子は人の名前ではなく、中国語で家のことです。

 根無し草のわたしは、家にひどく憧れます。一生同じところに住み続けることが理想です。もちろん、そこは美しく、快適な家であることが必要です。

 それは、どんな家かというと、上の写真のような家です。

 もっとも、この写真の家の現実は厳しく、なにしろ都市からものすごく離れていまして、不便のきわみです。買い物もままなりません。そして、少しぼろぼろですから、補修がかなり必要です。あれやこれやを考えると、あまり理想の家ではないのですが、菜の花が囲む静かな家のたたずまいは大いに気に入りました。

2009年5月3日日曜日

ご教示賜りたく




 この絵は中国に来て以来、あちこちで見かける絵です。本の挿画に使われていることもありますが、作者の名前がありません。とても印象的な画風です。作者が分からないのですが、どなたかご存知でしょうか?

 我对这个画儿很有兴趣,可是我不清楚作者的名字,请教一教。

聚散兩依依


 《聚散兩依依》という映画を見ました。1981年の台湾映画です。題名は訳しにくいのですが、「出会いと別れ名残り惜しく慕わしい」というような感じです。原作は瓊瑤(琼瑶)の同名の小説です。下の写真は、主演の呂秀菱(1962-)です。呂秀菱はピアノと琵琶の名手だそうです。

 瓊瑤(1938-)は台湾出身の女性作家です。悲恋を描くのに巧みで、数々の作品が映画化やテレビドラマ化されています。  小説の悲恋に感情移入して、自殺する若者も少なくなかったそうで、瓊瑤は中国の悲恋物語作家の代表者でもあります。


 《聚散兩依依》は主題歌が美しい映画でした。悲恋ではあるのですが、結末は明るい映画です。

 また、《阳光灿烂的日子》という映画も見ました。1994年の香港・大陸の映画で、題名は「陽光燦爛の日々」という意味で、文化大革命の時代の思春期の少年少女の姿を描いた映画です。 原作は王朔の小説《动物凶猛》です。

 文化大革命を扱った映画というと、《活着》のような暗い映画を想像しましたが、この映画は暗い映画ではなく、あくまで少年少女を描いた作品でした。 原作は読んでいませんが、暴力と欲情を描いており、映画はその部分は取り去ったもののようです。

 上の写真が、主演の宁静(寧靜)(1972-)です。彫りの深い顔立ちですが、貴州省出身で少数民族との混血だそうです。

またまた上游1072


 また、蒸気機関車の写真です。飽きっぽいわたしですが、なかなか飽きません。 蒸気機関車の顔の写真が撮れるとうれしい気持ちになります。巧拙はともかく。おしりの写真は・・・

 蒸気機関車は前と後ろではまったく表情が異なります。そして、魅力的なのはやはり、おしりより顔です。そして、顔の写真ですが、案外、撮影するのは難しいのです。

 まず、おしりを向けて走っていることが少なくありません。 なぜだかわかりませんが、上游1072も基本はおしりを向けて走ります。ですから、顔を撮るのがとても難しいのです。

 そして、顔を向けて走ってきてくれても、逆光では今ひとつ顔が暗くなってしまいます。顔を明るくするためには、やや不自然な露出過多を強いられることになります。

 さらに、蒸気機関車の写真を撮ってみて気づいたのですが、なんといっても煙突からもくもくと上がる煙が魅力的で、これを写さない手はありません。

 でも、煙は気温の低い冬でないと、なかなかもくもくとは上がりません。ところが、冬はすぐに暗くなるし、光が弱いので、順光でない限りは綺麗に撮れないのです。

 わたしは走っている電気機関車や電車の写真には、さして興味がなかったのですが、それは景色の中でぴたりと静止しているように見えるからなのです。止まっているところを撮った写真と、さしたる違いはなく、単に景色が加わるだけではないかと思っていました。流し撮りなどの写真を見ても、躍動感はさして伝わらず、漫画のようで今ひとつ好きになれませんでした。

 その点、動いている蒸気機関車の写真は違います。もくもくと流れる煙のおかげで、躍動感が伝わってきます。

 ただ、わたしは高級な良い写真機を持っているわけでも、腕が良いわけでもないので、自分で撮ったところで意味はないのですが、上のようなことに気づきはしたわけなのです。

请小心 お気をつけて

 ご覧の通りの光景で、少し危ないです。ただ、高速列車がやってきたのを見計らって、線路と線路の間に横たわって、そのまま列車が走り去るのを線路と線路の間でじっと待つ、という大胆な度胸試しをする欧米人には到底かないません。さすが、世界を制覇した民族だけのことはあると思います。


2009年5月2日土曜日

蓝紋奶酪


 蓝紋奶酪を買いました。青かびチーズです。31元ですから500円くらいでしょうか。

 西安には西洋料理店は日本ほど多くはありません。そして、とても値段が高いのです。さらに、それほどおいしくもないように思います。

 日本は日本料理(牛丼やカツ丼といった折衷食を除く)をたべるのは比較的困難で(値段が高く、店も限られる)、西洋料理をたべるのは簡単だという不思議な国になってしまいましたが、そういった国はほとんどないので、中国ではどうしても中華料理をたべることになります。

 もちろん、中華料理はどれもこれもおいしく、また中国は広大な国で各地の名産料理がありますから、本当に色々な料理があります。ですから、困ることはないのですが、それでも育った国の料理ではありませんから、日本でたべていたものが恋しくなることもたまにはあるわけです。

 日本の西洋料理は西洋の方はどう思うかわかりませんが、素晴らしい水準にあると思います。ファミリーレストランの洋食はともかく、一般的なお店はそこそこよい水準を保っていると思います(西洋とまったく同じ味を再現している店となると、限られるかもしれませんが)。

 ところが、西安の洋食は店も少なく、それほどおいしくないと思います。もちろん、目の玉が飛び出るような値段の店はそれなりにおいしいということは言えます。

 わたしは洋食がたまに懐かしくなります。日本食よりも懐かしく思うことが多いのです(おなかをこわした時だけ、日本食が懐かしくなります)。ですから、おいしい洋食がたべたいのです。でも、高い店で二十日間の食費を一回分に蕩尽する気にはなれません。それは、いくらおいしい店だと言っても、不遜を覚悟で言えば、値段に釣り合うほどおいしいとは思いません(すみません)。

 そこで、鐘楼の下にある輸入食品のお店で、チーズだけ買ってみることにしました(そこには、西安では本当に珍しい外国産葡萄酒もあります)。ドイツから輸入したもので、値段も無茶に高くはありません。

 おいしいチーズに葡萄酒もほしくなりましたが、昨日、油の悪い店に入って食あたりを起こして、一晩呻吟しましたので、しばらくは胃を痛めるものはおあづけです。

2009年5月1日金曜日

鯨魚溝


  鲸鱼沟(鯨魚溝)はくぢらの形をしてゐます。さうして、そこは「菜の花」の名所です。「菜の花」は中国語では「油花と」いふのですが、目的に特化した呼び名です。油が取れるわけですね。

 日本語の「菜の花」といふ名もさうですね。たべものなのですね。どちらかと言ふと、わたしは「菜の花」といふ名が好きです。音が可憐です。「油花」はヨウファと読みますが、こちらも音は悪くありません。ただ、字が一寸・・・べたべたしてゐさうです。

 ちなみに、中国語にも「菜花」といふものがあります。カリフラワーのことです。これの炒め物のおいしいことと云つたらありません。わたしは、カリフラワーは嫌ひだつたのですが、好きになりました。

 馬にも乗りました。馬はあたたかくて、動物に乗っていると実感できました。

薔薇島嶼


  薔薇が咲きました。

 今日は労働節でお休みです。三連休ですが、わたしは残念ながら室内で残務の仕事をせねばなりません。もっとも、昨日バスの混雑について書きましたが、休日(とくに連休は)のバスは本当に混むので、いつもあまりどこかにでかけることはありません。

 わたしの寓居の庭に薔薇が咲きました。とても美しいです。

 わたしは花にはあまり興味がなく、植物でしたら葉っぱにこだわります。緑あざやかなゴムの木の葉っぱなど、とくに大好きです。もちろん、葉っぱの変化型であるサボテンも大好きです。

 ただし、薔薇だけは別格です。

 川崎市にある薔薇園には何度か訪れましたし、薔薇十字団についての本も読みましたし、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』も佐藤春夫の『病める薔薇』も読みました。 ルデゥーテの『薔薇図譜』もほしいのです。

 マイク真木のばらが咲いた・・・はどっちでもよいですし、薔薇族でもないのですが、とにかく薔薇は別格です。

 また、「薔薇薔薇處處開」という昔の歌も大好きです。日本語訳の歌を、渡辺はま子が歌っています。渡辺はま子といえば、「蘇州夜曲」、「支那の夜」が有名です。また、女性初の自動車免許取得者でもありましたっけ。

薔薇薔薇處處開
青春青春處處在
擋不住的春風吹進胸怀
薔薇薔薇處處開

天公要薔薇處處開
也叫我們盡量地爱
春風拂去我們心的創痛
薔薇薔薇處處開

春天是一個美的新娘
滿地薔薇是她的嫁妆
只要是誰有少年的心
就配做她的情郎

薔薇薔薇處處開
青春青春處處在
擋不住的春風吹進胸怀
薔薇薔薇處處開

2009年4月30日木曜日

公交车


 西安には地下鉄がありませんから(さらに、鉄道は長距離しか事実上利用できない)、移動手段はバスかタクシーということになります。

 バスは女車掌が乗っているバスと、ワンマンバスの二種類あります。前者は距離によって運賃が異なりますが、5角(8円)から2元5角(40円)くらいでしょうか。後者は均一運賃で1元(16円)ですが、こちらはバスカードが使えるバスが多く、それだと5角になります。

 わたしは残念ながら、バスは苦手で、列車のほうが好きです。バスはとにかくよく揺れるし、ガソリンの独特の臭気も苦手です。たとえ退屈しても、車酔いしますので本が読めません。

 椅子はプラスチックで固く(運転手と車掌の椅子は布張りです。彼らは一日乗っているのですから当然ですが、日本ではできないことでしょう)、座り心地はよくありません。車内灯もありません。夜は外の明かりだけで真っ暗です。

 そして、西安市の車の運転は非常に乱暴ですから、無茶苦茶な車の割り込みに会うたびに、バスは急停車します。これは、上海や北京のバスではありえないことだそうです。

 また、西安のバスはとにかく混んでいます。時間によっては空いていますが、とにかく人口の多い国ですから、空気輸送のようにがらがらに空いているということはあまりありません。

 そして、冷房・暖房車はほんの一部で、ごく一部の路線に限られています。空調付ということで、こちらは料金も倍額です。ですから、夏は非常に暑く、冬は非常に寒いのです。通気の悪い構造なので、夏は窓を開けてもとても暑く、扉が壊れているバスが多いので、冬になるとそこから冷たい風が進入します。

 いつも混んでいて、妙な臭気が漂うこともある西安のバスですが、さらに掏摸(スリ)もとても多く、わたしの知人で被害にあった人は数知れません。スリは鞄や服を鋭利な刃物で切って、実に素早く巧妙に高そうな物品や財布を盗んでゆきます。

 ということなので、慣れない方には決してお勧めできない移動手段です。早く、地下鉄ができないかと思います。

 さんざん西安のバスの悪口を言いましたが、とてもお世話になっています。

2009年4月29日水曜日

钟楼 鐘樓


  西安を代表する建築物の一つである钟楼(鐘楼)の写真です。下はその周辺です。右下の変な形の平べったい建物は、星巴克(スターバックス)です。こちらは喫茶店の珈琲の値段が、日本に比べて非常に高いので(一杯の値段が一回の外食費の二倍以上します)、いまだにスターバックスには入ったことがありません。

2009年4月26日日曜日

かえる号




 高速で走っているものを撮影するのは苦手なので、あまりよい写真ではありませんが、かえる号です。わたしは内燃機関車や電気機関車、そして電車には、蒸気機関車ほどの魅力は感じませんが、このかえる号の顔は愛嬌があって好きです。

 かえる号は東風4B型という内燃機関車で、1969年に試作されて、1974年より製造が開始されました。中国全土に何百ものたくさんの仲間がいて、客運や貨物の牽引に当たっています。


 かえる号の駆動装置ですが、ディーゼルエンジンを搭載して、それで発電機を回して電気を拵えて、その電気で発動機を回すという手間のかかった方法をとっています。電気式ディーゼル機関車というそうですが、台湾やフランスの内燃機関車も同じ方法を取っているようです。

 かえる号の色は三種類です。上から「西瓜」、「武警」(武装警察)、「蜜柑」とあだ名がついています。なお、かえる号という名は、わたしが勝手につけたものです。 色と言い顔と言い、わたしのすきなかえるに似ています。

 わたしは西瓜色が一番好みです。 心なしか、写真が一番ましなのも西瓜色のもので、愛情がそこにあるからでしょう。

 《周漁的火车》という映画があります。巩琍が主演で、二役をこなしています。この映画には、かえる号はとってもたくさん出てきます。ですから、気に入っています。

2009年4月23日木曜日

玉衣金連と茉莉仙女 


お湯を入れると花開く、美しいお茶をのみました。上から「玉衣金連」と「茉莉仙女」です。

また上游1072


  上游1072 にまた会いに行ってきました。元気に走っていました。日本では1980年代ごろから急速に鉄道貨物が衰退して、小貨物のほとんどすべては道路輸送になりましたが、中国では今も鉄道貨物輸送が王道で、町のいたるところに引込み線が走っています(もっとも、中国でもかつてよりは鉄道貨物は減っているようです。道路整備が進んだからでしょう)。
 
 引込み線では、貨車の入れ替えをしているディーゼル機関車の姿が見られます。入れ替えの度に、道路が封鎖されて、自動車は立ち往生です。入れ替えは結構時間がかかります。その間、長々と封鎖してしまうので、大混雑になります。 
 
 これは引込み線に限っての話です。鉄道本線は道路と平面交差しないように設計されているので、本線の踏み切りで車が立ち往生して苛々させられるという日本によくある光景は、中国には少ないかもしれません。また、日本ほど本数もありません。日本全国の列車数は中国のそれより多いそうです。

2009年4月19日日曜日

温馨提示


  先月、急に休みになりまして、汽車に乗って旅行にでも出掛けようかと思いまして、西安駅に行きましたら、切符売り場には50m以上の長蛇の列が十本以上できていました。なんとも悪夢の光景です。一時間以上並んだ結果、切符はないと言われる可能性も高そうです。そして、こんな時の切符売り場の駅員はたいそう機嫌が悪いものです。

 とても切符など買えそうにない状況なので旅行はやめまして、しばらく呆然として佇んでおりましたが、売店の横になにか掲示があるのに気づきました。

 近寄ってみると、なんともスプラッタな女の顔写真で、死人のようでした。 どうやら警察の掲示のようで、招待所という、名前だけ立派な最下層ホテル(中国のホテルの区分ですが、招待所→賓館→飯店と名前が安っぽくなるにしたがって、実は高級化してゆきます)で変死した18-35歳の女性の死後の写真のようです。
 
 大変合理的な捜索方法ではありますが、あまりよい感じは受けません。身元が早くわかることを祈りつつ、少し意気消沈して自宅に帰り、一日腐っておりました。
 
 さすがに上の掲示の写真は撮らなかったので、代わりに掲示の写真を載せておきました。上の写真はどこにあったものかおわかりでしょうか?

2009年4月18日土曜日

菊花茶




 先日、外で飲んだ菊花茶がきれいで、おいしかったので、ぜひ家でも飲みたいと思って、今日は買いにゆきました。軽工市場というところで、雑貨やお茶のお店がたくさんあります。
 菊花茶は一両十元でした。一両は中国の単位で、十両=一斤=500グラムです。最初は慣れなくて戸惑いましたが、ビスケットの量り売りも、栗の量り売りもみなこの単位を使います。何グラムという単位はまったく通じません。

 菊花茶の葉は菊の花を干しただけのもので、とてもお茶の葉には見えません(だからこそ、気持ちが悪くて、買う気がしなかったのですが)。しわしわにしぼんだ薄汚い感じの枯れ花です。
 ところが、これにお湯を注ぐと、花がぱっと開いて、とても美しいのです。そして、味もほんのりと甘く、色もうっすらと黄色で、とてもよい味です。

 写真は沈香花茶を少し混ぜてしまったので、本来の菊花茶ではありませんが、開いた菊花の美しさは伝わるのではないかと思います。

2009年4月17日金曜日

蹦蹦车


  今日は鲸鱼沟に行ってきました。鯨の形をした湖で、西安市の東南部にあります。菜の花(中国語では「油花」)に囲まれた、とても美しい湖でした。周囲の農家のたたずまいも見ていて面白いです。
 バスで途中まで行き、蹦蹦车(bengbengche)に乗り換えて、湖までゆきました。蹦蹦车はオートバイを三輪にして客室をつけた車で、西安市内のあちこちで走っています。ただ、繁華街では一部の場所でしか走っていません。
 
 四人乗りや六人乗りの車があります。運賃は交渉制です。乗り心地はとてもよいと言えるものではありません。道に段差があると、振り落とされそうになります。
 
 タイヤも自転車を少しましにした程度で、過重量でこきつかわれていますから、パンクもしばしばです。目の前で蹦蹦车がパンクしたのをみたことがあります。
 性能も原付オートバイ程度なので、坂に弱く、段差を超えられないこともありました。そういう時は、客は降りて、一緒に車を押します。と言うか、今回がそうでした。
 結局、坂を越えられなくて、途中から歩くことになりました。やれやれですが、車の荷台に載っているようで開放的で、とっても楽しい乗り物です。ぶるぶるとエンジンのやかましい音を立てながら必死に走る風情もなかなかよいものです。

2009年4月16日木曜日

上游1072





西安市内で唯一残っている蒸気機関車を見てきました。上游1072号という名前です。

上游とは先進、先頭、先陣というような意味です。現在、中国で残っている蒸気機関車は、軽便用を除くと、前進型、建設型、上游型の三種類があります。前進型と建設型は本線用の大型機関車で、もうそれほど残っていないようですが、上游型は支線用の便利な小型機関車(といっても、日本の機関車に比べれば大きな機関車ですが)なので、各地に比較的たくさん残っているようです。

陝西日報によると、蒸気機関車の生産が十年前に終わったために、困ったことが起きているそうです。それは、現在、活動している蒸気機関車が故障した時、交換部品の調達が非常に困難になってしまったことだそうです。

上游1072も同様の問題に直面していまして、専門の修理工に診断してもらったところ、部品を交換するしかなく、部品が調達できない以上、引退するしかないだろうということです。
上游1072は1975年生まれで、蒸気機関車の設計寿命は40年とのことです。 最近、中国各地での蒸気機関車の廃車が加速度的に進んでいますが、以前書いたような事情に加えて、故障の問題もあるようです。

ということで、上游1072は残念ながら引退が決まったようなのですが、動けなくなったわけではなく、常用に耐えなくなりつつあるということのようです。引退後は観光用に100万元(1500-1600万円)で購入したいという人がいるそうです。とは言え、そこは中国のことですから、どうなるか分かりません。現在、中国には観光鉄道といったものはほとんどないに等しいのです。

引退の時は遠くないかもしれませんが、西安市最後の蒸気機関車となった上游1072は、もくもくとけむりをはきながら、今日も西安市内を走っています。

2009年4月6日月曜日

ろばとぶた


小ろばがお母さんろばに聞きました。

愚人節(四月馬鹿)はまだなのに、誰かがいやなメールをくれたよ。お返事した方がいい?

お母さんろばは言いました。

だまされてはだめ。ぶたさんなら返事するでしょ。ろばはしないのよ。

 こんな小噺を聞きました。

 意味が分かりませんでした。分かりますか?

 ろばとぶたは馬鹿代表なのだそうですね。この話の意味が分からなかった私は、一番の馬鹿ということになるでしょうか。

 そして、先日の愚人节ですが、さっそく騙されました。やれやれです。


2009年4月5日日曜日

但願人長久


但願人長久

明月幾時有
把酒問靑天
不知天上宮闕
今夕是何年

我欲乘風歸去
唯恐瓊樓玉宇

高處不勝寒
起舞弄淸影
何似在人間

轉朱閣低綺戸照無眠
不應有恨何事長向別時圓

人有悲歡離合
月有陰晴圓缺
此事古難全
但願人長久
千里共嬋娟


 これは、蘇軾(1036-1101)の詩です。この詩に曲をつけて、鄧麗君が歌っています。とても美しい歌です。

 九百年前の詩に曲をつけるなどとは、実に浪漫的なことです。日本語ではあまりに古風なものとなってしまうので、きっと無理でしょう。万葉集などに曲をつけても、冗談のようなものになってしまうでしょう。残念です。もっとも、軍歌「海行かば」は、大伴家持の歌に曲をつけたものですが。

  テレサ・テンの死後、この歌は、王菲(フェイ・ウォン)が歌っています。

 安妮宝贝の『告别薇安』(さよなら、ヴィヴィアン)という小説がありますが、そこで出てくる娟生という女の子がこの曲を聴いています。 主人公の女性は一緒に聴いているのですが、聴くのがつらいと言います。

 这样哀怨的靡靡之音,苏轼的词在王菲的唱腔里让人听着难受。

 娟生はその後、自殺します。突然の死に、読者も戸惑います(あれ、言わなかったほうが良かったかもしれません)。
 安妮宝贝は毀誉褒貶の激しい作家の一人と言えるでしょう。陰鬱な作品が多く、青少年に悪い影響を与えると批判されることもあります。いわゆる文学青年や文学少女に愛好されています。ただ、その作品は無意味に重苦しいのではなく、いたずらに絶望を好んでいるわけではありません。生活を楽しむとはどういうことか、というのも彼女の問いの一つです。

  『素念锦时』より

 記憶とはこんなものではないだろうか。それは、川の流れのようなものではないだろうか。途切れることはないが、始めがあって、そして終わりがある。記憶が湧き出る泉は枯れることはない。始めがあり終わりがあり、根源は枯れることがない。

 故郷へは再び帰ることはできない。わたしのふるさとと家族の記憶は、父が不要の領収証や紙のたぐいを貯めこむのと同じようなものだ。もう再び生まれることはない文字の記録、映像のありか、感情の幻像なのだ。
 それらは、ただ存在するものなのだ。時が過ぎることで、互いの理解は深まり、互いが照らしあうことができる。そして、人の寂しさは増してゆくのだ。

 記憶はまた時に、むなしく定まらないものだ。まだらに交錯しているものなのだ。それは、わたしを故郷と子供時代にさかのぼらせる。でも、物はすでになく、人もいない。もう根っこは失われてしまったのだ。

 それは、大海にただよう動けなくなった廃船のようなもの。にぎやかで、はなやかだが、しだいに沈んでゆくものなのだ。ほんとうに、もう求める方法はないのだ。自分の家の表札は覚えているのに、当のその家はすでに壊されてなくなっているようなものなのだ。

 その時、ただ一つだけあるのは、真の記憶の虚空だけである。

西安方言


 西安には方言があるそうです。教えてもらったものをいくつかあげてみます。

 么事(mo2shi4)→標準語の「没事」と同じで、大丈夫、というような意味です。

 嘹咋咧 (liao2zha1lie1)→とってもいいという意味だそうです。

你(ni2)→標準語では三声で発音します。

 なお、方言ではありませんが、AA制という言葉があります。割り勘定という意味です。これはAlgebraic Average(代数平均)の略であるとか、オランダ商人の割り勘を皮肉をこめて呼んだ言葉(Acting Appointment)から来ているとか、「全部分开」(全部等しく割る)の形象表現である(全=A、分=A)とか、いろんな説があるようです。

肉夹馍と凉皮


  肉夹馍と面皮は西安の有名料理です。料理といっても軽食です。肉夹馍は馍というパンに牛肉と生姜を煮たものをはさんでたべます。凉皮は米皮と擀皮に分かれます。前者は米で作った柔らかい麺で、後者は小麦で作った固い麺です。この上に、旨みのある汁を少しかけます(酢と醤油となにかをまぜたもの)。よくかきまわしてたべます。

 凉皮は本当は唐辛子をかけるので、真っ赤な麺になりますが、わたしは辛すぎるものは苦手なのでかけません。陝西省の人は、辛くない食事、肉のない食事はとてもつまらないものと感じるそうです。

 肉夹馍はもともとは「肉夹于馍」と言ったそうです。肉を馍(パンのようなもの)にはさむ、という意味です。肉夹馍だと、肉が馍をはさむ、という意味になってしまい、本当はおかしいのです。

 それはそうと、中国を南北に分ければ北に位置する西安は、上記の料理を見ても、米文化の土地ではないことが分かります。先日、湖北省(南に位置します)の料理をたべましたが、もち米がおいしかったです。小麦も良いのですが、時折、おいしいお米が懐かしくなります。

无轨电车


 中国には、无轨电车というものがあります。軌道のない電車です。つまり、トロリーバスのことです。

 日本には、富山県の黒部ダム(石原裕次郎の映画『黒部の太陽』で有名なあのダムです)にトロリーバスが今も走っているそうです。昭和四十年代までは東京や京都などの各都市で走っていたそうです。排気がないので環境に良いし、他の車の邪魔にもならないし、なぜなくなってしまったのか分かりませんが、架線などの設備のいらない自動車の方が何かと「合理的」なのでしょう。

 中国では、北京、上海などいくつかの都市で、トロリーバスが走っています。中国名物だといってよいでしょう。

 西安にもトロリーバスが走っていました。つい2009年1月までです。

 西安では、現在、地下鉄の工事が進められています。目下、西安には一本の地下鉄もありません。地下鉄は2013年開業とのことですが、なにか外部の促進要因がない限り、もっとずるずると開業日は伸びそうです。

 この地下鉄工事の邪魔になるということで、トロリーバスは暂时停运(一時運休)ということになりました。数年後に復活の予定です。

 ただ、車輌はすでに古いものですし、数年放置した架線などの設備を復旧させる費用は馬鹿にならないでしょう。と言うことで、公式見解では「復活」なのですが、なくなる可能性が強いと思われます。

 触覚のようなものをふりふりと降りながら走っているトロリーバスの姿が結構好きだったのですが、当分見ることはなさそうで、残念です。ただ、地下鉄のためなら仕方がないかもしれません。西安のバスの慢性的な混雑が、地下鉄によってほんの少しは改善されると思うからです。